28 | 8月 | 2015 | twig design – ちぐむ      

【ちぐのちぐむ】

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おこっちゃ・・・ 2015-0828

ある日の少年Kは言った。

「志村けんって、ほんとバカや〜!」

 

両親が共働きということもあり、

Kの家の夕飯はいつもそこそこ遅めだった。

その日の夕飯中のテレビでは、いつもの野球中継ではなく

珍しく「8時だヨ!全員集合〜!」が流れていた。

職人である父は、巨人のナイター戦か水戸黄門が映っていれば、

それを肴にお酒を飲むのが仕事後の楽しみだった。

当然ながら、格さんが葵の紋様入りの印籠を出す頃合いには

いつも完全に出来上がっていた。

 

出来上がりの父は、食事の態度には厳しかった。

箸や茶碗の持ち方、姿勢、表情、口調。

どれかひとつでも気に触れば、布巾が飛んでくるのが常。

反抗期に一度、睨み返したことがあるが、

瞬く間に、布巾・箸・茶碗に次いで父本体が飛んでくる始末。

少年Kはそれ以降、降伏の体制で夕食に挑むしかなかった。

 

なので、少年Kにとって「ドリフ」は、

テレビに映っていること自体が奇跡的な存在だった。

ましてその日は巨人戦があるはずなのに、

何故か父が志村けんを見て笑っている…。

 

直感的に「しめたっ!」と感じた少年Kは、

ここぞとばかりに、背後にあるテレビに釘付けだった。

もちろん、五感はフル稼動。

机の上の布巾の位置を確認しつつ、

食事の手は止めずに。

 

ドリフターズは順調に父を笑わし続け、

あのシムケンの、長さんに対する決めゼリフ。

「おこっちゃや〜よ!」 が連投で炸裂。

聞いたこともないような声で爆笑する父を確認した後に、

抑え気味に、笑いを我慢しながら、

少年Kがテレビに向かって放った言葉がそれである。

 

「志村けんって、ほんとバカや〜!」

 

少しの間を置いて、突然「ブンッ」とテレビの電源が落ちた。

振り返った少年Kは、青ざめた。

神棚の下で、父が仁王立ちして見下ろしていた。

左手には、空のビンビール。

右手にテレビのコンセント。

 

その父が、至極冷静な低い声でこう言った。

「あの人は『ホントの天才』やから、バカになれるんや」

 

 

………雨降りの道を車で走りながら

なぜか僕はその時のことを思い出していた。

当時の少年Kには、父の言葉が理解できなかったが、

今の僕にはわかる。

その後、僕が再びシムケンを心底面白いと思うまでには、

このトラウマを乗り越えるまでの長い時間を要したが。

時空と世代を超えて(大袈裟??)、

今でもお茶の間に笑顔を生み出し続けるシムケンは、

本当に天才だと思う。

いや、シムケンを讃える内容を書きたかったわけではなくて。

 

純粋に騙される幼さが、大切なときがある。

今、知らなくても良いことがある。

自らそれに気付き、大人になっていくものだったりする。

僕はあのときの父と同じような歳になった。

僕は結局『バカ』にも『天才』にもなれずにいる。

父と同じようなことを、大人として口走りそうになることがある。

 

でも、そこからなんとか抜けだして、

騙されている笑顔達を見守ろうとする自分が居る。

絶対的な大人としてた父が、少しだけ近くに感じた。

僕も少しは大人らしくなったのかな。。

 

激しい雨降りの車の中は

自分と向き合うための

僕の大切な『空間』のひとつである。

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